
両親は共働きのため、主に父方祖母と叔父夫婦が面倒をみる。大学進学後、単身生活となり、過食嘔吐が始まりだす。卒業後、出版社に勤めたが、さらに過食嘔吐は激しくなった。抑うつ状態にもなり、精神科クリニックで治療を開始したが8ヶ月後、営業先の男性に暴力を受け、会社に抗議したものの、うやむやにされ退職、実家に戻った。
3ヶ月後、母親と口論の末、多量服薬。本人の希望により心理療法を受ける。しかし2年間、過食嘔吐や自殺企図を何度も繰り返す。そんな中、治療者が転勤になったが、本人の強い希望により、週1回50分の心理療法を続ける。
病院内では自己破壊活動は影を潜めるが、自宅では長時間の過食嘔吐、母親とのいざこざが続いた。1年が過ぎ、治療は週2回となる。そんな折、本人が親類に連絡を取り、母親から暴力を受けていた事実をつかむと怒りは頂点に達する。
体重は10キロ以上減少。一度、車と接触事故を起こし、包帯姿で面接室に現れた。嘔吐臭と香水で部屋が充満し、治療者は「もう限界、面倒をみきれない」と感じたという。その後、高校時代の同窓会に出席するなど、症状が少し収まっていたが、就職のため面接を受けた際、精神科への受診を理由に断られ、再び不安定となった。
「出版社で大活躍する理想的な自分」と「無職で過食嘔吐する絶望的な自分」。早朝、父親が服用している抗不整脈薬100錠あまりを多量服薬し、死亡。治療者宛の遺書には「尽力を尽くしてもらいました。私としては精一杯やったのです。でもこの先の生き地獄を考えると・・・残念です」と書かれていた。
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